ふたば亭プラスです。
日本人であれば、誰もが知っている日本文学界の巨匠、川端康成と三島由紀夫。彼らの作品を読んだ事がない方でも、学校の教科書には必ず出てくるので、国内での認知度はほぼ100%でしょう。
しかし、お二人が師弟関係であった事をご存知の方はあまりいないかと思われます。(特に20〜30代の若い方)
師弟のような親密な関係
お互いの作風は全く異なるので、一見接点がないように感じられますが、実は三島由紀夫の才能を最初に見出したのは川端康成で、彼の処女作を大絶賛して雑誌への掲載を後押しするのです。
その後、長年に渡って交流を続ける事になるのですが、人間的に通じ合うところもあったのでしょう。
まずは、下記の動画をご覧ください。
川端康成が1968年にノーベル賞を受賞した後、伊藤整(文芸評論家)司会のもとに三島由紀夫を交えて対談した様子を収録したもの。
お二人の仲睦まじい様子が見て取れます。
目次
ノーベル賞受賞後の対談動画
この動画を初めて見た時は驚きました。
白黒でありながら素晴らしい保存状態。
お二人の表情が鮮明に記録されています。
朗らかに話す三島由紀夫が印象的
世間一般の三島由紀夫のイメージとしては、東大全共闘や自衛隊駐屯地での演説の印象が強く、強面で近付き難い人と思っている方が多いと思います。
しかし、この動画では非常に朗らかに、そして丁寧な言葉で川端康成のノーベル賞受賞を讃えており、彼の誠実さが伺えます。
これが本来の姿なのでしょう。
そして川端康成が受賞をかなり喜んでいる様子も印象的。
動画の中では「自分の作品は西洋向きではないのに運が良かった(たまたま拾えた)」というような感じで謙遜して話していますが、内面から喜びが滲み出ています。
誰が見ても(笑)。
もしタイムマシンがあるのなら、この場に同席したい!そして、山のような質問をぶつけてみたい!
そう思っているのですが、実際にお二人を目の前にしたら緊張でガチガチに固まってしまうでしょうね・・。
この動画は永久に残しておくべき、日本の宝であるように思います。
しかし・・・、
この動画が撮られた2年後に三島由紀夫が自殺、そして更にその2年後に川端康成も自殺してしまうのです。
お二人の略歴
では、ここでお二人の略歴を簡単に振り返ってみましょう。
【川端康成】
1899年〜1972年 享年72歳
【出身】大阪府
【最終学歴】東京大学 国文科
【代表作】『伊豆の踊子』『雪国』など
【受賞歴】ノーベル文学賞、文化勲章、菊池寛賞、日本芸術賞、勲一等旭日大綬章
【死因】ガス自殺(1972年)
【三島由紀夫】
1925年〜1970年 享年45歳
【本名】平岡公威
【出身】東京都
【最終学歴】東京大学 法学部
【代表作】『金閣寺』『仮面の告白』『潮騒』など
【受賞歴】文部省芸術祭賞、新潮社文学賞、岸田演劇賞、読売文学賞、毎日芸術賞
【死因】切腹自殺(1970年)
お二人の年齢は26歳差。
親子のような感じ。
そして、どちらも学歴や受賞歴が華々しいですね。
溢れかえる才能を押さえ込むのに必死だったのかもしれません。
そして二人の自殺・・・。
三島由紀夫が自衛隊駐屯地で割腹自殺をしたのは有名ですが、この一報を聞いた川端康成はかなりショックを受け現場に駆けつけたようです。
なおこの当時、川端康成は思うような作品が書けなくなってしまっており(一種のスランプ?)、睡眠薬を常に飲んでいたという事も聞いています。
ガス自殺した原因は未だに不明と言われていますが(遺書もなし)、おそらく精神的に不安定な中で三島由紀夫の死がかなり影響していたのでしょう。
残念でなりません。
天国では、様々なプレッシャーから解放されたお二人が、この動画のように笑顔で談笑しているかもしれません。
そう願いたい・・。
ちなみに、お二人が生前に手紙を取り交わしていた手紙のやりとりをまとめた本も出版されています。
手紙とは思えない美しい文章と、お二人の心の会話を存分に堪能する事ができます。特に三島由紀夫に対する印象がガラッと変わるでしょう。
代表作
ここでお二人の代表作を紹介しておきます。
私自身の感想も入れてますが、個人的な解釈としてご了承下さい。
(専門家の皆さま、大目に見て下さい)
川端康成
【雪国】
あまりにも有名な冒頭。
『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』
川端康成の代表作で、ノーベル文学賞の審査対象にもなった名作です。
三島由紀夫はこの作品の冒頭について、
「汽車の窓ガラスの反射描写が素晴らしく、川端文学の反現実的なあやしさが、一つの象徴としてかがやいてゐる」と評しています。
ストーリーは一言で言うと、雪国の芸者と禁断の恋に落ちる主人公の物語。
そして、終盤は衝撃の結末!
初めて読んだ時は「えっ!」と声に出してしまいました。
しかし、不思議と悲しみは感じないのです。
美しい文章力と巧みな描写によって、どこか非現実的な夢物語を見ているような感覚になるのです。
人間の生と死、そしてそれを見守る大自然という壮大なテーマがベースとなっており、芸術的なものまで感じてしまいます。
川端康成の罠に引っかかったかな・・・。
なんだか、不思議な作品です。
そして文章の魔力に陶酔する名作。
未読の方は主人公と一緒に非現実的な夢物語の旅路を存分に楽しんで下さい。
【伊豆の踊子】
これは短編小説ですが、雪国と同様に非常に人気のある作品。
これまで6回も映画化されています。
演じている女優も当時を代表する美しい方ばかりで、アイドル映画の先駆け的な作品なのではないでしょうか。
ストーリーは、一人の若い青年が伊豆へ一人旅をした時、偶然出会った旅芸人一座の踊り子に恋をするという青春純愛物語。
雪国とは全く異なる趣がありまずが、この作品は川端康成の実体験をもとに書かれたものなのです。
自分の若かりし頃のほろ苦い思い出を作品として残しておきたかったのでしょうね。
三島由紀夫はこの作品について、
「処女を主題とした若者の内面を描いたもの」と評しています。
処女を犯した男は、決して処女について知ることはできない。処女を犯さない男も、処女について十分に知ることはできない。しからば処女といふものはそもそも存在しうるものであらうか。処女性の秘密は、芸術作品がこの世に存在することの秘密の形代になるのである。表現そのものの不可知の作用に関する表現の努力がここから生れる。
三島由紀夫
まあ、三島らしい捉え方だと思います。
この作品を読んでそこまでのテーマを考察できる感性が凄い。
凡人の我々は、誰しもが持つ自らの初恋の経験をこの作品を通して思い出す事ができればそれで充分なのです(笑)。
そして、10代〜20代の若い子達は自らの青春と重ね合わせて楽しんで下さい。
三島由紀夫
【金閣寺】
この作品で三島由紀夫は世間の知名度が一気にアップ!
海外でも高い評価を得ました。
ストーリーは、金閣寺の美しさに魅せられた学僧が最後に放火すると言うもの。
一見、ぶっ飛んだ構成のように思えますが、実はこれは実際にあった事件をベースにして作品にされたものなのです。
事件があったのは1950年。
当時は「金閣寺放火事件」として大騒ぎになりました。
ただ、作品の中では事件の内容を忠実に描くというものではなく、かなり脚色をして三島由紀夫の世界観を存分に盛り込んでます。
なぜ、金閣寺を燃やさなければならなかったのか?
作品中の学僧は吃音という障害を抱えており、いじめられて育っていく中で絶望感と悩みを抱え、人生を呪い、そして「美しいもの」に対して独特の感性を育んでいくのです。
しかし、美しいと思っていた金閣寺を実際に見た時、美しいと感じられずに落胆してしまいます。
そこから美とは何なのかを再度考え直していくのですが、美を破壊する事で自分の中に取り込み一体化し、更に完成された究極の美を作り上げたいとする虚像のようなものが芽生えてきたのかもしれません。
読み進む中で主人公と同化できればその感情を理解できるし、違和感を抱けば一気に引いてしまうという二面性を持った作品だと思います。
しかし・・・、凄まじい筆力。
川端康成と並び、ノーベル賞候補になったのも納得です。
【仮面の告白】
これはとんでもない衝撃作です。
なんせ、テーマが「自分が同性愛者である事の告白」なのですから。
最近の若者は、三島由紀夫が同性愛者であった事をどこまで知っているのでしょうか。。。
今はテレビでも「おねえタレント」がどんどん認知されてきて、違和感もなくなってきましたが、三島由紀夫が生きてきた時代はカミングアウトなどできる状況ではありませんでした。
そんな中、女性を愛したくても愛する事ができないという苦悩を抱え、絶望しながら翻弄する主人公(三島)の心情をリアルに描いています。
私は同性愛者ではありませんが、その世界観に一気に引き込まれてしまい、主人公の切り裂かれるような心情に共感してしまいました。
天才的な文章力の魔力でしょうね。
三島由紀夫はこの作品を執筆する前に川端康成にこのような手紙を書いています。
自分が信じたと信じ、又読者の目にも私が信じてゐるとみえた美神を絞殺して、なほその上に美神がよみがへるかどうかを試めしたいと存じます。ずいぶん放埓な分析で、この作品を読んだあと、私の小説をもう読まぬといふ読者もあらはれようかと存じ、相当な決心でとりかゝる所存でございますが、この作品を「美しい」と言つてくれる人があつたら、その人こそ私の最も深い理解者であらうと思はれます。
三島由紀夫
よほどの覚悟があったのでしょうね。
ここで未読の方に一言。
最後の一行は衝撃です。
一行だけでこの作品の世界観を一気に締めくくる凄さは圧巻!
私は読んでから数十年経った今でも脳裏に焼きついて離れません。
異なる視点でのTV番組
2019年、NHKのBS1スペシャルで『三島由紀夫×川端康成 運命の物語』という番組が放送され、かなりの反響を呼びました。
演出家の宮本亜門さんがナビゲーターとなり、お二人の事をよく知る友人や知人にインタビューをして、当時の状況を振り返り「真実はどうであったのか?」という事を検証するもの。
この中で、少しショックを受けたのが、三島由紀夫が川端康成のノーベル賞受賞を快く思っていなかったという証言。
ただ、これには少し違和感を覚えます。
確かに、身近な方しか分からない本人の苦悩や葛藤を感じていたのは確かかもしれませんが、長年に渡るお二人の交友関係が、そんなに簡単にヒビが入るようには思えないのです。
三島由紀夫は確かにノーベル賞が欲しかったのかもしれませんが、師である川端康成が受賞するのであれば、それも良しとする思いもあったはず。
この辺りの微妙な心境の変化は、本人達にしか分からない非常にデリケートな部分であり、身内の方(更には親族)の証言や解釈の断片を切り取ってストーリー化してしまう事に少し危険なものを感じてしまいました。
ただ、その部分を差し引いたとしても、この番組の内容は興味をそそるもので、知らなかった真実が色々と垣間見えてきます。
お二人の日常はどのようなものだったのか、そしてそこに潜む作家としての苦悩の人生が非常に生々しく語られているのです。
特に、瀬戸内寂聴さんの話は面白かったですね。
お二人のどちらとも親密な関係にあった彼女ならではの観点が素晴らしい。
番組での資料映像をもとに、それをどのように解釈して理解するか、それは視聴者に委ねられています。
興味がある方は一度ご覧になって下さい。
これまで抱いていたお二人のイメージがいい具合に破壊され、自分の中で再構築されていくでしょう。
三島由紀夫と太宰治の関係
三島由紀夫は太宰治の事が大嫌いでした。
(一部では有名な話)
作風、人間性、生き方、全てが気に入らなかったようです。
まあ確かに、正反対ですね(笑)。
そんな犬猿の仲の二人が一度だけ対面した事がありました。
1946年、三島由紀夫が21歳、太宰治が37歳の頃。
劇作家の矢代静一が二人を合わせて見たら面白い事になるかも、と興味本位で酒の席に招待したようです。
その時、太宰はベロベロに酔っ払って周りの友人達とご機嫌に喋りあっていました。いかにも太宰らしい。
そこに三島がやってきて、森鴎外の文学の事について尋ねるのです。
すると、太宰はあろう事か鴎外の軍服姿をからかい始め、これに三島が激昂し「僕は太宰さんの文学は嫌いなんです」と言い放ちます。
すると、太宰はこのように返答します。
「そんなことを言ったって、こうして来てるんだから、やっぱり好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ。」
これにカチンときた三島はこれを最後にして二度と会わなくなります。
太宰も鴎外や三島に対して悪気があった訳ではなく、酒の席での冗談の延長線上で言ったのかもしれませんが、真面目一辺倒の三島には許せなかったのでしょうね。
しかし、お二人には意外な共通点がありました。
それは自らのコンプレックスを曝け出す作品を書き綴ったという事。
これが、かの有名な太宰治の『人間失格』と三島由紀夫の『仮面の告白』です。
そして、お二人ともこの作品を残して自殺するのです。
アプローチの仕方は異なりますが、文学と人間の生死については通ずる所があったのかもしれません。
そのような観点から二人の作品を読み比べてみると面白いですよ。
【人間失格】
【仮面の告白】
太宰治の芥川賞を却下した川端康成
三島由紀夫から嫌われていた太宰治ですが、彼は芥川龍之介を心の底から尊敬していました。
参考までに、これは生前の芥川龍之介の日常動画。
木に登るお茶目な芥川の様子が微笑ましい(笑)。運動神経は良かったのでしょうね。
太宰治は芥川龍之介の死後、どうしても芥川賞が欲しかったのですが、残念ながら受賞を逃してしまいます。
その時の選考委員の一人が、なんと川端康成。
なぜ落選となったのか。
川端康成はこのように評しています。
作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった
川端康成
要は、生活がだらしないので人間としてダメだ、という事。
非常に手厳しい一言。
これに対し、太宰は憤慨します。
“作者目下の生活に厭な雲ありて、云々。”事実、私は憤怒に燃えた。(中略)刺す。そうも思った。大悪党だと思った
太宰治
太宰にしてみれば、生活と作品は関係ないだろ!
と言いたかったのでしょうね。
このように、川端康成、三島由紀夫と太宰治の3名は不思議な接点で結びついているのです。
面白いですね。
ただ、私が思うに、太宰治に芥川賞など必要なかったと思っています。
そんな賞はどうでもいいくらいどの作品も素晴らしく、他のどんな作家も書けないような世界観を打ち出し『人間失格』で完成させたのです。
もし、太宰治が芥川賞を取って万人けするような小説を書いていたら、不朽の名作は生まれて来なかったでしょう。
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